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 第二話 ひとめぼれ

Author: marimo
last update Last Updated: 2025-11-23 09:15:35

「お一人様ですか?」

 玲の声は、氷のグラスに注がれるウイスキーのように澄んでいた。

 「ああ、そうだ」

 答えた瞬間、自分の声がわずかに上擦ったのを、蓮は自覚した。

 普段なら、どんな場でも動じずに言葉を返す彼が、である。

 ――どうしたんだ、俺は。

 自嘲するように微笑みながらも、心臓が異様に速く脈打っていた。

 蓮――柊家の次男。

 父が一代で築き上げた大企業「黎明コーポレーション」の後継候補。

 若くして社長の座に就き、冷静沈着・頭脳明晰と評される。

 ビジネスの現場では一瞬の隙も見せない男。

 そんな自分が、一人の女性の前で言葉を失っている。

 「こちらへどうぞ」

 玲の声が現実へと引き戻した。

 案内されたのは、店の奥まった半円形のソファ席。

 隣には煌めく夜景が一面に広がり、窓の外では東京タワーが黄金色に光っていた。

 「どうぞ」

 目の前に座った玲が差し出したグラスを受け取ると、ほのかにバラの香りが漂う。

 指先がふれた一瞬、心の奥がかすかに震えた。

 蓮は先ほどから、目の前の女性から片時も目が離せなかった。

「お仕事は何を?」玲が問いかける。

 蓮は短く息を整え、静かに答えた。

 「会社を経営している。父の会社だが、いずれは俺が継ぐ」

 「まあ、お若いのに…素敵ですね」 玲は柔らかく微笑んだ。

 その笑顔に、蓮の心臓が跳ねる。

 ――これが、一目惚れというものなのか。

 理性が追いつかないほど、彼女の存在が自分の世界を揺さぶっていた。

 「こちらではよく飲まれるんですか?」

 玲が続ける。

 「いや、今夜が初めてだ」

 「そうなんですね。クリスタルローズは、初めての方が来ると不思議と常蓮になるんですよ」

 「常蓮に?」

 「ええ。不思議な魅力があるって、皆さん言うんです」

 玲の瞳が、淡い光を宿して微笑む。

 それはまるで、誘うようでもあり、挑むようでもあった。

 蓮はグラスを傾けながら、彼女の一挙手一投足に目を奪われていた。

玲がグラスの縁を指先でなぞる。

その細い指が、淡い照明に照らされて透き通るように光る。

彼女はゆるやかにワインを口に運び、唇の端に赤い液がかすかに滲んだ。

それを舌先でそっとぬぐう仕草に、蓮の喉がひくりと鳴る。

笑みを浮かべたまま、玲は視線を横に滑らせた。

長いまつげが一瞬影を落とし、その陰に潜む瞳が、氷のように澄んでいる。

わずかに首を傾けた拍子に、髪が肩をすべり落ち、香りが空気を震わせた。

蓮は息を忘れた。

その一つひとつの動きが、計算された誘惑のように思えてならなかった。

 氷がカランと鳴るたび、彼の心の奥で何かが音を立てて崩れていく。

 「成瀬さんは、ここで長いのか?」

 「ええ、もう三年ほどになります。大学を出てすぐでした。お客様、私のことは玲と名前で呼んでください」そう言われ、蓮は柄にもなくドギマギし、

 「そうか……大学を出て、すぐに夜の世界か…れ、玲」と少しどもり、一気にグラスを空にしてしまった。

 「驚かれますか?」玲は微笑みを崩さずに「お酒はゆっくり楽しんでくださいね」と2杯目のウィスキーを差し出した。

 蓮は照れ笑いをしながらグラスを受け取った。

「いや。ただ、少し意外で」

 玲はふっと笑う。「意外、ですか?」

 「もっと、別の世界にいそうな気がした」

 「たとえば?」

 「……昼の光の下で、白いブラウスを着て笑っているような」

 その言葉に、玲の瞳がわずかに揺れた。

 「それ、褒め言葉として受け取っていいんですか?」

 「もちろん」

 短い沈黙。

 やがて、玲は微笑を戻しながらグラスを置いた。

 「ありがとうございます。そう言ってもらえると、少し救われる気がします」

 「救われる?」

 「ええ、夜の世界にいると、いろんな人を見ます。優しい人も、怖い人も。

  でも、誰もが何かを隠している。だから、たまに本音で話せる人が来ると……ほっとするんです」

 玲の言葉に、蓮は言葉を失った。

 その瞳の奥に、確かに孤独の影を見たからだ。

 「……あなたは、嘘をつかない人なんですね」

 玲の言葉に、蓮は静かに微笑んだ。

 「どうだろうな。俺にも隠したいことはある」

 「たとえば?」

 「……弱さ、かな」

 玲は少しだけ目を見開き、それからゆっくりとうなずいた。

 「弱さを認められる人は、強い人ですよ」

 その言葉が、まるで胸の奥に灯りをともすようだった。

 会話はそれきり途切れたが、不思議な沈黙が二人の間を満たしていた。

 音楽が変わり、サックスの低音が夜を彩る。

 グラスの中の氷が溶け、琥珀色がわずかに薄まる。

 蓮は思った。 ――この夜が終わってほしくない、と。

 やがて時計の針が午前零時を回ったころ、店を出る客がぽつぽつと減っていく。

 蓮は最後の一口を飲み干し、立ち上がった。

 「ごちそうさま。いい夜だった」

 「こちらこそ、ありがとうございました」

 玲が軽く頭を下げた瞬間、彼は思わず言葉を漏らした。

 「また来ても、いいか?」

玲は微笑みながら頷いた。

「もちろんです。お待ちしています」

その言葉に、蓮は胸の奥が熱くなるのを感じた。

だが――

彼が去ったあと、玲は一人、グラスを磨く手を止めた。

そして、誰にも聞こえないほど小さく息を吐く。

「……柊、蓮」

彼女は、彼の名前を“もう一度”口にした。

まるで、最初から知っていたかのように。

――この出会いが、

ただの恋では終わらないことを悟りながら。

marimo

この出会い、あなたは「運命」だと思いましたか? それとも、ただの偶然でしょうか。 第一印象を、ぜひ教えてください。

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  • 黎明の風と永遠の指輪ー夜の世界で出会った二人、危険で甘い約束ー   第百二十五話 想いが満ちていく

     再会を果たした直後、蓮と玲華は手をつないだまま、マルタの石畳をゆっくりと歩いていた。 街路は夕陽に染まり始め、クリーム色の建物がやさしい橙色に包まれていく。  遠くから波の音が聞こえる。乾いた風が通り抜け、そのたびに玲華の髪が揺れた。 蓮は、玲華の指の細さを確かめるように手を握る。  その温度は、夢ではないと教えてくれる。 「まだ、信じられない……」  玲は歩きながら小さくつぶやいた。  「蓮がここに……本当に来てくれたなんて。」 蓮は歩みを止め、玲華の方を向いた。 「俺が行かないわけないだろ。玲が『会いたい』って思ってくれてるなら……」 言いかけて、照れくさそうに視線をそらす。  「いや……たとえそうじゃなくても、俺が勝手に探しに来てた。」 玲華の頬がほんのり赤くなった。 「……蓮って、不器用なのに……たまにずるいくらいストレート。」 蓮は苦笑した。  「玲がいなくて、ずっと後悔してたんだ。あの日……俺がもっと強かったら……」 玲は首を振る。 「違うの。あれは私のせいでもあるから……蓮を信じきれなかった私の弱さでもあるから。」 言葉が熱を帯び、頬にすっと涙が伝う。  蓮はそっと玲の涙を指でぬぐった。 「もう、いいんだ。もう……過去のことは全部、ここに置いていこう。」  「……うん。」 ふたりは再び歩き出した。 海辺に近づくと、視界がぱっと開け、地中海が広がった。  水面は金色に光り、波が岩に砕けては白い飛沫を上げている。 玲は足を止め、海を見つめた。 「……こんなきれいなところ……初めて。」  「俺もだ。」  蓮は言いながら、玲華の横顔を見つめた。 ――こんなにも美しい人を、俺はどれほど傷つけたんだろう。 胸の奥に微かな痛みが走る。  それでも、今この瞬間があることが、彼の救いだった。  日がすっかり暮れ、ホテルへ戻るころには、石畳の通りに灯りがともり始めていた。  街路灯は控えめで、闇に浮かぶ黄色の光がどこか温かい。 「蓮、お腹すいた?」  「まあ……それなりに。」  「じゃあ、テラスで軽く食べて、あとは海見ながらゆっくりしない?」  玲が言うと、蓮は嬉しそうに頷いた。 テラス席に案内されると、キャンドルがひとつ灯されていた。  その灯りが玲の瞳に映り、夜を溶かすように輝いている

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